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松蔭神社


昨日は高校の合唱祭で区民ホールに行ってきました。3年生は先週卒業しているので、実際は1、2年生の参加、途中まで聞いて帰ることにしました。
帰りにホールの近くにある松蔭神社にお参りしました。区内に長く住んでいながらここに来るのは初めて、有名な割りにこじんまりしています。


090319_151811.jpg
ここは境内にある松下村塾を模した建物。あいにく雨戸が全部閉まっていて中を見ることはできませんでしたが、ここで近代日本を築く思想が育まれたと思うと感慨深いものがあります。(あくまでもここは松下村塾を模した建物ですが)

先週の長女の卒業式の日、高校の体育館の式を終えて各クラスの教室で最後のホームルームがありました。保護者も教室に入り、クラス代表が受け取った卒業証書を担任が生徒ひとりひとりに渡した後、担任からの生徒に最後に送る言葉に吉田松陰を取り上げていました。

  かくすれば かくなるものと 知りながら
    やむにやまれぬ 大和魂

こんなことをしていればこうなる(死罪)と知りながら、やむにやまれぬ思いを貫いた松蔭になぞらえて、美容師になりたい、教師になりたい、など生徒達それぞれの「やむにやまれぬ思い」にエールを送りつつ

  親思う こころにまさる 親ごころ
    けふ(今日)のおとづれ 何ときくらん

これは松蔭が詠んだ時世の句です。たった29歳の若さで処刑され、親よりも先にこの世を去る申し訳なさを込めた句です。
どんなに君たちがお母さんを大好きだと思ってもお母さんが君たちを思う気持ちにはかなわないんだよ。君たちを深く思ってくれる人がいるのです。なにより強い味方、やむにやまれぬ思いを貫いてください。

このようなお話でした。もぉ~、先生そんなお話しないでくださいよ~~!!泣けて泣けて仕方ないじゃありませんか。

日本の未来のために命までかけた松蔭先生に、娘の「やむにやまれぬ思い」を応援していただきたく、必ずひとの役に立つように私も導いていきます、とお参りしてきました。
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コメント
この記事へのコメント
あこがれ
"松下村塾は、はじめは雨露がやっとしのげるほどの八畳の小さな小屋で、
板敷きにむしろを敷いて、障子戸すらなかった"
と、聞いていましたが、ググッたらちがうようです。
 いつのまにか美談になっていたものでしょう、
それだけみんなから愛されているのですね^^

理想を曲げずにつきぬける人生、短くてもそれが男の人生ですね、
つよくあこがれます。
2009/03/20(Fri) 18:58 | URL  | 虎旨軒 #-[ 編集]
犠牲もつきもの…
>>けんちゃん
障子戸すらなかったかどうかまではわからないけれど、
はじめは八畳の小さな小屋、というのは本当でしたよ。この本物を模した建物の前にあったガイドに
はじめは八畳ほどの小屋だったが、門下生が増えて手狭になったため増築した、とありました。
みんなから愛されていたことは間違いないでしょうし、
近代日本の礎を育てた人をみんな後々まで尊敬してやまないでしょうね。

松蔭先生の生き方、人生にきっと多くの男性が憧れるのでしょう。
歴史の流れを大きく変えた人という観点(公人として)から見れば憧れる気持ちも大きいですよね。
その反面「個」として見たら、武家の者でありながら切腹ではなく小塚原で処刑される屈辱。
それは自分自身の問題というより、むしろ「お家の名」を汚すという申し訳なさ、
こういう形で父母より先に旅立つ親不孝などその時の心の内を思うと…
信念を貫き通すということは相当強い覚悟もないとね。
でも本当に立派な人だったと思います。
2009/03/20(Fri) 21:55 | URL  | モ♪モ♪ちゃん #-[ 編集]
そうでしたか(@_@。

けんちゃんの資料では、
「養子になった吉田家の庭にあった小屋を改装してわずか八畳の・・・」とあるのですが、

wikiでは「叔父のやっていた松下村塾を継いだ」と。

とりあえず、そこで歴史の大転換の芽が育まれたのですから、
どっちでもいいね(^_^)v

三十才で斬首されていますね、
うむ、無念だったろう・・・
しかし、志は生きて日本を変えたぞ。




2009/03/20(Fri) 22:43 | URL  | 虎旨軒 #-[ 編集]
強い志!
>>けんちゃん
そう、どっちでもいいよね(^_^v

刑場に座したそのときの無念さや父母への申し訳なさ。
特にあの時世の句は何度見ても涙が出ます。

その後の日本の夜明けの訪れ、わが子が先陣を切ったこの革命を父母はどう見たのでしょうね。
2009/03/20(Fri) 23:06 | URL  | モ♪モ♪ちゃん #-[ 編集]
せつない辞世の句だね(/_;) 
 でもきっと、親御さんは誇りに思われたでしょう、うん(^ー^.)

 むかしの親子関係はふしぎ・・・

森鴎外の親父さんなんか、
元服のときに短刀渡して、
『恥をかくことがあったら、自分で始末をつけろ』と・・・、
男親はねぇ、

"家"のあり方が、今とはずいぶんちがいますね、

松蔭は、日本を"家"と考えたのかも知れませんね。





 
2009/03/21(Sat) 00:34 | URL  | 虎旨軒 #-[ 編集]
国が家!
>>けんちゃん
>松蔭は日本を”家”と考えたのかも知れませんね。
素晴らしい!!ブラボー!!v-82
皆がそう思えれば、この国、この世界はもっともっと良くなるよね。

「生き恥さらす」という言葉があったように、
昔の人の「死」に対する考え方は今と少し違っていたのでしょうね。
昔の”家”のありかたも不思議。
松蔭も吉田家の養子に出されているように、養子というのは当たり前だったみたいね。
かわいい我が子を養子に出すなんて考えられないけれどv-406
2009/03/22(Sun) 08:25 | URL  | モ♪モ♪ちゃん #-[ 編集]
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